中欧の旅行

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今回は、中央ヨーロッパに位置するハンガリーを訪れた時のことについて書きます。
私の中欧旅行の1日目(2015年10月3日)、オーストリアのウイーンからバスでハンガリーのブダペストに入り泊まる予定のホテルに向かう途中、日が落ちて、バスがドナウ川の橋に差し掛かった時、目の前に光輝くブダの王宮(ブダ城)、マーチャーシュ教会、壮麗な国会議事堂、そしてハンガリーで最初に架けられた橋にして最も美しい橋として知られるセーチェーニ鎖橋が飛び込んできました。

Buda Castle

Buda Castle(ブダ城)

the House of Parliament(国会議事堂)

the House of Parliament(国会議事堂)

Matthias Church&Chain Bridge(マ―チャーシュ教会と鎖橋)

Matthias Church&Chain Bridge(マ―チャーシュ教会と鎖橋)

煌びやかにライトアップされた建物と悠々と流れるドナウ川とのコントラスト、そして水面にも映り込む光の景色は息を呑むほど美しく、これが世界一美しい夜景と称される”ドナウの真珠”なのだと感激しました。

翌朝、やわらかな朝日に照らし出された中世を思わせる優雅な街並みもまた魅力的で、前夜バスの窓越しに目を奪われた鎖橋を、今度は自分の足で歩いて渡り1時間ほどカメラを片手に、川沿いの景色とブダペストの街の散策を満喫しました。

Church and street(大聖堂と街並み)

Church and street(大聖堂と街並み)

Chain Bridge and Buda Castle(鎖橋とブダ城)

Chain Bridge and Buda Castle(鎖橋とブダ城)

その定評ある美しさのために世界遺産に登録されている、ハンガリーの首都ブダペストの街並み!!

途中、オスマントルコの支配下時代に造られたトルコ風呂にも出くわしました。(実は、ハンガリーにはこのような16世紀頃に造られたトルコ式の温泉が幾つもあり、今でも入浴が可能なようです。)

ドナウ川を挟んで位置するハンガリーの首都ブダペストは、かつて川の西側がブダ、その北側がオーブダ、そして川の東側はペスト(ペシュト)と呼ばれていました。
13世紀のモンゴルによる侵略の教訓から、ハンガリー王国の王宮は平原を避け丘のあるブダに建てられました。一方、ペストは18世紀に行政組織が置かれて以降、経済的に現在のブダペスト地域全体に貢献するまでに発展したため、1867年この3つの地区を合併し「ブダペスト」とするに至りました。
2002年にドナウ河岸とブダ城地区に追加という形でユネスコの文化遺産に登録された、 アンドラーシ通りはペスト地区にあります。碁盤の目状の並木道に白を基調とした美しい建物が並び、「東欧のパリ」と称されるのが頷ける景観でした

最後に、意外と皆さんがご存知無いかもしれないハンガリー事情をお伝えします。ハンガリーの人(主にマジャル人)は、皆さんがイメージされる通りヨーロッパ人であり、人種的にもコーカソイドに分類されますが、昔アジアの遊牧民族に度々侵略された歴史の影響もあるのか、今でも赤ちゃんの4人に1人はお尻に蒙古班が現れるそうです。また、名前を表す時は、ヨーロッパでは唯一、姓の後に名を書く国民なのです。私たち日本人とは言語体系も区別されていますが、何となく親近感を覚えますね。 (Mac)